「…ごめんね。嫌な事を聞かせたわね。」
エマは小さく震えるユベルを安心させるように優しく抱きしめた。
その温もりに強張っていた体から少し力が抜けた気がして、ユベルは口を開いた。
「…カインってなんなの?僕は何も知らない。」
「…私の知っている事で良いのなら話すけれど、だけど…。」
エマの腕の中でユベルは首を横に振り、彼女の服をぎゅっと掴む。
「何も分から無いままじゃ嫌だ…。」
ユベルの決心を聞き、エマも心を決めて頷いた。ユベルを椅子に座らせるとその向かいに自身も座り話し始めた。



何から話せば良いかしら。
そうね、じゃあイサギ君の事を話しながら説明するわね。
さっきも言っていたけれど、イサギ君のお兄さんはカインだった。
いえ、カインだったと言うよりカインの力を持って生まれてきたの。カインになる子供は皆そうだと聞いたわ。
力を持って生まれた子達は教会に保護されて、孤児院と称する施設に入れられるの。
そう、貴方がいたところもそうね。そこでカインになる教育をうけたのね。
力を裁きを行えるように調整していく、と言ってたわ。
覚えてない?
そうでしょうね。施設では子供の自我を無くすために薬を使ってるらしいから。
薬によって思考を抑制される、カインになってからもずっと…。
貴方が正気に戻ったのも薬が切れたのかもしれないわね。


お兄さんはカインになってすぐに亡くなったそうよ。…あのね、貴方に言うのはちょっと心苦しいのだけど。
…カインの力を持って生まれるとあまり長く生きられないらしいの。力を使うことで命が削られるって。
カインになる前に亡くなってしまう子もたくさんいるそうなの。


イサギ君のお父さんはね、子供が連れて行かれた事が受け入れられなくて、取り戻そうと必死に調べたの。
今言ったこともイサギ君のお父さんが調べたことよ。一般には知られていないけれど。
彼は人々に知らせようとしていたんだけど、その前に亡くなったわ。


当時のその人は、子供だった私から見ても怖いくらいだった。まだ幼いイサギ君を放り出して、カインの調査にのめり込んでいたから。
お父さんが亡くなって、後を追うようにお母さんも亡くなって。それでこの家で一緒に暮らしてるの。
…イサギ君を悪く思わないでね。頑固なところがあるけど、優しい子だから。
ふふっ、貴方も優しいのね。


なんの為にカインを作るのか…。憶測でしかないけれど、治世のため、かしら。カインがいる事によって犯罪を抑制してるのでしょうね。
確かに平和かもしれないけど、私は子供を利用する教会を信用する事は出来ない。
…今のは独り言だから気にしないでね。



「私の知ってる事はそのくらい。…大丈夫?」
エマが心配そうに俯いたユベルを覗き込む。ユベルは小さく頷いた。
「そう、良かった。…遅くなっちゃったけど、ご飯を食べましょうか。」
エマは安心したように笑うと、冷めてしまった夕食を再び用意し始めた。
閉じこもってしまったイサギも夕食を運んだようだった。
あまり食欲が無かったが、少しだけ胃におさめると促されるままベッドに横になった。


雨に打たれたせいか、昨日の話が原因なのかは分からないが、翌日ユベルは熱を出した。
苦しそうな息を吐くユベルを見て、イサギも流石に何も言わなかった。



数日後ようやく元気になったユベルは少しずつ子供達と接するようになった。
人懐っこい子供達に始めは戸惑った様子だったが、徐々に口数も増えていった。
子供達の話に興味深く聞き入り、嬉しそうに頷く。自分の知らない世界の話が楽しいようだ。
笑顔が増えていくその姿は、まさに『普通の子供』のようだった。





その姿をイサギは複雑そうに見ていた。
未だにユベルを良く思ってはいない様子だが、追い出そうとする事はもう無かった。
ユベルが就寝した後、エマはイサギに声をかけた。
「ユベル君はいい子でしょ?」
イサギは視線を伏せたままだった。
「カインが悪いわけじゃないって、貴方も分かってるのよね。」
「…本当にそうか分からないだろ。」
イサギは声を荒げた。
「本人の意思じゃないってどうして言い切れるんだよ。薬がどうの言ってたけど、本当の所は分からないだろ。」
「でも…。」
「人を殺しておいて平然としてる奴なんか信用できるわけないだろ!」
エマは悲痛な眼差しでイサギを見つめた。





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